英語学習のための教材
筆者のプロフィール




筆者のプロフィール

海外在住
イングリッシュ・ネイティブスピーカーの妻を持つ(子供ひとり)

英語に関する筆者履歴

1999年 英語圏に1年間滞在する
2000年 一旦帰国
2001年 居住拠点の中心を日本から英語圏に移す
2005年 海外の英語学校に通う
2006年 英語学習方法・英語教材の情報提供を始める
       アカデミック・イングリッシュを習う
       英語圏にてビジネス/コンピュータを習う
2007年 情報テクノロジー受講開始
2008年 今年も引き続き学業継続

参考までに、

筆者は中・高・大と一貫して英語は苦手&大嫌いでとおしてきました。将来は英語を使わない職場を、というのが人事担当者への第一希望事項だったほどなのです。そんな願いはどこえやら、新卒での就職時に職場でTOEICの試験を強制的に受験させられ、結果は285点。きっと何百人といた新卒受験者の中で最低点だったことでしょう。

その後、希望とは裏腹に仕事では若干英語を使うはめにもあい、ためしにTOEICを受験(会社が費用をもってくれたので)したことはありましたが、そのときも結果は380点でした。しかし、この時点では英語学習に対するモチベーションはほとんどなく、たまに気まぐれでやる気がおきたとしても3日ともちませんでした。

英語学習に対する気持ちがかわったのは1999年。ある日突然です。自分の苦手分野をこのまま放置して人生を過ごしていくことに我慢がならなくなり、英語を『苦手⇒得意』に変えると一大決心をしたのです。8年間勤めた仕事をやめ、英語圏に1年間行くことを決めたのです。筆者が30歳の時のことでした。

1年の海外生活を経て日本に帰国後、成果を確認するためにTOEICを受験し、結果は585点。まだまだレベルアップが必要にせよ、約1年間で200点スコアをアップさせたことにはこの時点では評価して良いと思いました。イングリッシュ・ネイティブスピーカーの彼女と恋に落ちることさえ出来るようになったのですから。

2001年には結婚を機に海外にも拠点をもつことに。しかし、英語への本当の試練はここから始まります。

とにかく日常生活のおいて全てを英語でやっていくというのは想像を絶するほどたいへんなことでした(特に当時に筆者のレベルでは)。とりわけ最初の3ヶ月は地獄にいるような気持ちだったものです。人と会ったり、英語で流れてくるテレビのスイッチをONにすることすら敬遠したくなるような毎日でした。

海外での生活を数年経験するにつれ、当然英語力はアップはしました。しかしながら、ネイティブスピーカーと何のストレスなくコミュニケーションがとれるという域にはまだまだほど遠いとも実感していました。「相手が言うを全て理解し、自分の言いたいことを日本語で表現するのと同じレベルで英語で表現が出来る」。これが筆者が次に目指すべきレベルということになりました。

このレベルは今まで英語学習で経験してきた全ての苦労をも超える非常に高い壁かもしれません。しかし、この壁を越えるためのさらなる英語の勉強、そして様々な方法での英語学習に取り組むことになったのです。

そして現在は、「効率的な英語学習方法」の伝達、「正しい英語教材の選び方」といった英語学習に関する活動を始めるようになりました。

当サイトでは筆者の経験や、各方面からの英語学習の情報を取り入れ、みなさまに本当に役立つ英語学習の方法を伝えていきたいと思っています。英語学習について模索されている英語学習者の皆さん、同じように苦労をしてきた筆者の経験を利用して出来る限りの近道を見つけてください。



《 筆者が今までに英語を使ってコミュニケーションをとってきた人たちの国籍 》

アメリカ、カナダ、イギリス、アイルランド、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、スイス、ハンガリー、ポーランド、マケドニア、ウクライナ、セルビア、ロシア、オーストラリア、ニュージーランド、サモア、トンガ、パプアニューギニア、インド、インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、韓国、中国、台湾、ネパール、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオス、ブラジル、アルゼンチン、チリ、アフガニスタン、イラン、イエメン、イスラエル、カタール、トルコ、エジプト、ナイジェリア、ソマリア、ウガンダ、ガーナ、南アフリカ共和国

【目次】

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